困ったとき、1人が見ている場合と30人の場合、どちらのほうが助けてもらえる?

脳と思考

下記をまず読んでみてください。

桜井徹は困っていた。
通勤途中、大げさに見えるほど派手に転び、明らかに足がどうにかなってしまっているようだった。
さらに困ったことに、うっかり携帯電話を自宅に置き忘れてきてしまったことに気づいていた。

幸い人通りがないわけではない。
今もほら、この惨事を見た人が20~30人もいる。
転ぶなんて、ただでさえ恥ずかしいミスをしてしまったんだ。「助けてください、足が・・・」なんて自分から声を出すのは何だか恥ずかしいし、このまま誰かが声をかけてくれるのを待つとしよう。
話しかけてくれる人がきっといるだろう・・・。

しかし、桜井はそれからずいぶんのあいだ、声をかけてくれる優しい人を待つことになる。
実際にたまたま通りかかった主婦らしい人から「大丈夫ですか・・・?」と声がかかったのはそれから20分もしてからだった。

さて、このような事態は起こり得るのでしょうか。

20~30人も見ていたのに、誰も声をかけないなんてあるわけがないと感じるかもしれません。
しかし、実際の事例や数々の実験から、集団が同じ場面にいた場合、自らが動く確率が低下することがわかっています。
かえって、見ている人が1人だけの時のほうが声をかけてもらえる確率は高いようです。

つまりは、「自分がやらなくても誰かがやるだろう」という心理が働くのです。

犯罪を目撃したとき、目撃したのがあなた一人であっても、「助けに入れば自分も巻き込まれるかもしれない」、「通報すれば自分が犯人と間違われるかもしれない」と行動に起こすことを躊躇するでしょう。
目撃した人が大勢であれば犯人は1人ですから勝てそうと感じますが、実際には「自分が動かなくても誰かが動くだろう」「これだけの人が見ているのだから誰かが警察に通報したはずだ」「率先して動くなんて自分だけ抜け駆けしているように感じられてしまうかもしれない」「事件に関わりあいたくない、自分以外の誰かがやってくれるだろう」などと、かえって誰かが実際に行動を起こす確率は減るのです。

犯罪のような極端な場面ではなく、最初の転倒した桜井のようなお話でも、自分以外の誰かがやるだろう、人に話しかけるのも気がひける、もしかしたら彼(桜井)は助けなんて求めてないかもしれないからただのカッコつけたいやつになってしまうかもしれない、何となく助けに行くのも気恥ずかしい、もうすでに誰かが救急車を呼んでいるだろう、などと、多くの人は見て見ぬふりをしてしまうようです。

目撃者が多いから誰かが行動を起こすだろう、と全員が思っていたら、結局誰も行動を起こさないのです。
この心理、思考は傍観者効果と呼ばれています。

おせっかいと思われるとか、助けを求めていないから邪魔に思われるかもとか、そんな考えはたいていの場合自分がよく見られたい心からきている心情ですから、困っている人には関係がありません。
もし、誰かが困っている場面に出会ったら、声掛けくらいできるように心構えをしておきたいものですね。

Posted by admin3


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